22 November, 2009

■毛利館長は仕分け人を圧倒

新聞記事には「毛利館長も防戦一方」というように書かれていますが、まったくの間違いです。

毛利館長は開口一番、大きな声で財務省の指摘を圧倒し、あっという間に議論を自分のものにし、そのまま何も失わないばかりか、大きな果実まで持って帰りました。完勝です。

最初の論点は、財務省がしてきた「日本科学未来館は、大幅赤字」という指摘です。「国の事業に対して、赤字という概念を持ち込むこと自体が間違っている。国が小学校の経営に税金を投入することを赤字というわけがない!」と一刀両断です。実に気持ちがいい。返す刀で、「これは日本国の未来のためにやっている事業で、科学によって日本が未来を切りひらくことを示し、実現するための事業であって、未来への投資としてこれほど重要なものはない」と主張し、全員をそれだけで納得させました。

最新科学を投入した10億円規模の投資についても、「これをつくったおかげで世界中のVIPが来て、各国に報道された。パブリシティ効果だけで軽く改修している」と主張。さらに、入場者数の伸びのグラフを示して、「この不景気に、これだけの入場者数増と収入増をもたらしたのだから、実績は十分」と努力の大きさをアピール。仕分け人は刃が立たない圧倒的な論理展開でした。

ではなぜ、減額になったのか。実は実質的に減額にはなっていないのです。未来館の運営には、もうひとつ別の法人が下請けに入っているのですが、これがコスト増になっている上に、下請け法人の人事権が毛利館長にはなく、最適配置ができない。別法人があれば、その法人の役員報酬や管理コストが発生して、二重コストに成り、これがムダの温床になる。そこで、この二重構造を廃止、官庁直下に一括すれば、コストは削減でき、毛利館長はコントロール権を手に入れることができる。

実は、この二重構造の問題は3年前から毛利館長が文科省に訴えていたのに、変更できなかったのです。もともとは自民党政権が「民間に仕事を任せる」という方針をだし、その一環でまる投げされていた管理運営でした。結局、これがムダの温床になっていたことが明らかになり、今回、ここの是正を指摘して、減額、というのが仕分けの結論です。

仕分け人からは、「毛利館長にもっとたくさんの予算を預け、どんどん仕事をしてもらうべきだ」という意見も出るほどで、新聞報道とはだいぶニュアンスが違うのです。

実際、毛利館長の説明に対して、蓮舫議員からは「今回の仕分け作業ではじめて、本来聞きたい説明が聞けた」と絶賛していました。仕分け人は、その分野については必ずしも専門ではないので、きちんとした論理展開で説明されれば、突っ込みにくいのです。

知恵市場: (by paco)行政刷新会議、事業仕分けのメディアと実際の違い

16 November, 2009

史上最年少の囲碁名人 井山裕太の育て方

 先月、第34期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)で史上最年少の名人が誕生した。東大阪市に住む棋士・井山裕太さん(20)。「若者らしからぬ試合巧者」と評される20歳は、どんなふうに成長してきたのか。両親の裕(ゆたか)さん(47)・宏美さん(47)に「天才の育て方」を聞いてみた。
 ――名人奪取の瞬間は
 裕さん 職場から携帯電話のサイトに何度も接続して経過を確認していました。去年、あと一歩で負けて悔しい思いをしたのを知っていたので、今年もダメだったらこれまで大きな挫折がないから心が折れるんじゃないかと心配で……ホッとしましたね。
 宏美さん 勤め先の中学校の職員室で報告したらワアッと拍手。うれしくなって、メールで、いつもと違う感じで「あなたを誇りに思います」と送ったんですが、返信はなし。最近はあんまり返信してくれないんです。あっても「勝った」とか「負けた」だけ。遅れて来た反抗期なんでしょうか……小さいころから変わらない子なんですよ。素直で、ひょうひょうとして感情を表に出さないけれど、夢中になったらそればっかり。名人になってもいつも通り。翌日帰宅したときも、何もなかったかのようにひょうひょうとしていました。
 ――どう育てて才能を伸ばしたのでしょう
 裕さん 特別なことはしていません。元気なら十分だと。「こうあってほしい」とか親の考えを話したこともない。月並みですが、やりたいようにやらせてきました。「育て方がよかった」と思ったことはない。
 宏美さん 愛情を注いだことだけは自信があるんです。主人もキャンプに連れていったり、キャッチボールをしたりと子育てに協力的でした。親が誘えば、裕太はいつでも喜んでついてくる素直な子で、私たちが子育てを楽しんだと思います。
 ――5歳のときのテレビゲームが囲碁との出会い。お父さんが道をつけたとか
 裕さん いやいや、同僚に誘われて囲碁を覚えようと、ゲーム機を買って囲碁ゲームをしている私を裕太が見ていて、そのうち自分もやり始めたというだけです。彼はたぶん、囲碁がしたかったわけじゃなくて、キャンプやキャッチボールみたいに、私と一緒に何かをやりたかっただけだと思います。
 宏美さん でもすぐに夢中になった。アニメとかを見せておけばおとなしくしている子っていますよね。それが裕太にとってはNHKの囲碁番組。テレビをまねして碁盤に並べながら、何かぶつぶつ言っている。実況をまねてたんだと思うんですよ。しゃべりかけても聞いていないぐらい集中している。
 裕さん 一人っ子なのも影響したのかなと思います。遊び相手がそばにいれば、彼の趣味も違ったものになったかもしれません。
 宏美さん 囲碁だけが好きだったわけじゃないんですよ。プロ野球も好きですし、囲碁の前は大相撲。幕下から上の力士の名前を全員覚えていた。映像を見るだけじゃなくて実際に行動を起こすところは囲碁と同じで、私もよく相撲をとらされた。何度投げ飛ばしても向かってくる。そういえば1歳のころは車のハンドルに興味を持って、お皿やら輪投げの輪っかやらをハンドルに見立ててずーっと回していましたね。
 ――力士や野球選手を目指すことはなかったのですか
 裕さん うーん、どうでしょうか。それなりの囲碁の腕前の祖父が近くに住んでいましたから自然と囲碁に入っていきましたが、環境が違えば目指したのかもしれませんね。とにかく負けず嫌いなんです。私も人並みに負けず嫌いですが、裕太はそんな比じゃない。囲碁を始めたころは、私に負けるたびに悔し涙。私の方はゲーム感覚なので「そんなに悔しいもんかな」と笑っていましたが、裕太は本気だったんですね。
 ――全国少年少女大会を連覇した後、小3で日本棋院関西総本部の院生に
 裕さん 「もしかしたらすごいんちゃう」と思ったのは、全国優勝したときです。ただ院生になったときも、親の感覚としては、プロ野球選手を目指してリトルリーグに子を入れるのと同じ。「若いし、失敗してもどうにでもなる」と。特別に期待したわけではありません。
 ――学校の成績も親としては気になるころですが
 宏美さん 無頓着なのかもしれませんが、塾も受験も考えたことはなかった。天気の悪い日の朝は「今日は外で遊べるかな」と何度も聞いてくるぐらい、休み時間が楽しみで学校に行っていた子で、こちらもそんな彼を見ていて満足していました。
 ――小6でプロに。若くして「囲碁一本」になるのは不安はなかったんですか
 裕さん 確かに中3のときは「高校を受験したら」という声が祖父母からも先生からもありました。でもね、私は「本人のやりたいようにやらせます」とプロになった時点から言い続けました。
 もちろん、裕太の将来が気にならないわけはない。私なりに、囲碁の世界のことを散々調べたんです。暮らしに困っていないプロ棋士は何歳でプロになったのか。すると、10代前半でプロになった人はみな有名な人だった。
 だから、中学卒業までにプロになれないなら強制的に辞めさせようと。でも小6でプロになった。そしたら3年間、別のことをしに高校へ行くなんてありえない。プロは甘いものじゃないし、特に囲碁は10代半ばから後半が一番大事だそうです。裕太が「高校へは行かへん」と宣言して話は終わりました。ちゃんと考えたうえでの結論です。
 宏美さん 私も高校に行った方がいいと思ったことはありません。逆に、打ち込めるものがある裕太は幸せだと思います。小学校や中学校の養護教諭として働いてきて、思春期の不安定な時期を過ごす子どもたちと向き合ってきました。でも裕太は心が揺れ動くことがほとんどなかった。囲碁のおかげだと思うんです。幼いし、簡単にだまされそうなくらいピュアだし、細かい気配りが出来る性格じゃないけれど、囲碁に出会ったことでマイナスは一つもない。感謝しています。
 ――名人になって、何か楽しみは増えましたか
 裕さん 昨年、裕太が優勝商品でもらってきたパソコンで、休んでいた囲碁を再開しました。彼の対局を見るのに囲碁が分かったほうが楽しいだろうと。出勤前のわずかな時間にもやっていて、妻にあきれられています。
 宏美さん 私は碁盤をみてもどっちが勝っているか全然分かりません。「いい手ですね」なんて解説の人が裕太の手をほめるといい気分になっています。
 ――最後に、親から見た強さの秘密を分析してください
 裕さん 努力し続けられるというところが一番の才能だと思います。私なんかは仕事で結果が出ればちょっと手を抜きたくなるんですが、彼のペースは変わらない。一喜一憂することなく勉強量は少しずつ増えている。そこはやっぱりすごいなと。名人の風格は全然ないけれど、親の目にはそれも長所に映ります。これからも一番のファンとして、わくわくしながら見守っていきたい。

史上最年少の囲碁名人 井山裕太の育て方

14 November, 2009

To punish me for my contempt of authority, Fate has made me an authority myself.

Albert Einstein - Wikiquote

14 November, 2009

ask not what your country can do for you — ask what you can do for your country.

John F. Kennedy - Wikiquote

11 October, 2009

The reasonable man adapts himself to the world; the unreasonable one persists in trying to adapt the world to himself. Therefore all progress depends on the unreasonable man.

George Bernard Shaw - Wikiquote

11 October, 2009

Many forms of Government have been tried and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed, it has been said that democracy is the worst form of government except all those other forms that have been tried from time to time.

Winston Churchill - Wikiquote

11 September, 2009

「10年後はどこで何をしていると思いますか?」という質問に、「10年後も生きているかどうか分からない。答えを出せないような質問には答えないようにしている。それは単に時間の無駄だと思う」

中田英寿がイタリア誌のインタビューに登場 - ゴシップでカルチョ! - livedoor スポーツ

6 September, 2009

30. Wikiamo by Satoshi Nakagawa (free)
Wikiamo is better than the official app for Wikipedia (iTunes link) that launched just a few days ago simply because it makes Wikipedia pages much easier to read. The app also appears to be faster, lets you browse through certain articles when you’re offline (via page-caching) and has some other functions the official app doesn’t offer.

Japan’s 32 Best iPhone Apps (All Available In English)

1 September, 2009

人間には、ことの重大さを理解する頭脳はある。だがそれが、重大なることへの対処に必要な活力に結びつくか否かは、そのことがどれほど読み聴く人にとって心地よい形で提示されたか否かによるのである。

— キケロ (文庫版ローマ人の物語15巻 パクス・ロマーナ[中] p.151-152)

31 August, 2009

when you don’t create things, you become defined by your tastes rather than ability. your tastes only narrow & exclude people. so create.

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